
誰でも無料で読める!『Jリーグ気候アクションハンドブック』で「Sport Positive Leagues」への理解を深めよう【2/3】
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2025年4月、ヴィッセル神戸も所属するJリーグが、スポーツ界全体で気候アクションを推進するための仕組み「スポーツ・ポジティブ・リーグ(以下SPL)」への参画を表明。さらに、SPLのマニュアルとなる『Jリーグ気候アクションハンドブック』もまもなく発行されるらしい。これにより、ここ日本でも“スポーツとサステナビリティ”への関心が高まり、取り組みも活発になっていく予感。前回に引き続きキーマン3名にいろいろ聞きながら、今後期待されるインパクトや、もっと先の未来を考えていきたい。

Jリーグ執行役員(サステナビリティ担当)の辻井隆行さん。SPL参画をはじめ、Jリーグの気候アクションに関する取り組みの旗振り役を務めている。
――Jリーグでは「明治安田Jリーグワールドチャレンジ2025 presented by 日本財団」と銘打ち、海外サッカークラブを日本に招いての親善試合(プレシーズンマッチ)を不定期で主催されていますよね。2024年7月の開催時には、プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーFCとヴィッセル神戸の試合が組まれ、それにあわせてサスナビリティカンファレンスも行われました。トッテナム・ホットスパーFCと言えば、SPLにおいても4年連続でプレミアリーグ第1位に君臨しているクラブです。あの時点ですでに、JリーグのSPL参画の布石が打たれていたと考えると、周到に準備されていたのだなと感じます。
辻井「トッテナム・ホットスパーFCが素晴らしいサッカークラブであることはもちろん前提として、その上でヴィッセル神戸とのあの試合に『Jリーグの所属クラブが海外の一流クラブと試合をするということ以上の意味を持たせたい』という議論がありました。
そこでまずひとつ、アンダー世代の試合が組まれることになりました。若いうちから世界を体感することは、育成の視点で大きな意味を持つだろうという考えによるものです。
そしてもうひとつが、サステナビリティという視点からの取り組みとしてのサスナビリティカンファレンスでした。カンファレンスの実現に向けてトッテナム・ホットスパーFC側が非常に前向きな姿勢で臨んでくれたこともあり、おかげで“ビッグクラブとJ1王者のマッチ”というメインイベントを含んだ『3軸をもってJリーグワールドチャレンジを実施する』というストーリーを立てられました」
――試合自体はもちろん盛り上がったと記憶しています。サステナビリティカンファレンスの手応えはいかがでしたか?
辻井「環境問題に関連する活動は、きちんとしたムーブメントにならないままに進めてしまうと瞬間的には盛り上がっても持続せず沈んでしまうことも多い。全体の中で、どのタイミングで何を出すかが重要なんです。その点、サステナビリティカンファレンスは全体のコンテクストの中でよいタイミングに実現できたと思います。
2024年2月のイギリス視察によってJリーグ内部でもSPLの認知度が高まり、『トッテナム・ホットスパーFCはSPLで1位のクラブなんだよね』と知ってもらえた上でカンファレンスを開けたからこそ、より深い理解へとつなげられたと考えています」

気候変動の問題に関わるテックスタートアップ RECOTECHのメンバーとして活動している大村拓輝さん。楽天グループとともに、ヴィッセル神戸に対して環境対策面のサポートを行なっている。
大村「僕なんかは、イギリス視察の際にも現地で辻井さんに『いますぐJリーグにSPLを導入しましょう。やることをやって進めれば、各クラブもきっと動き出しますよ』と、全体の構造や事情を深く理解しないままにビール片手に熱く語ってしまっていたんです(笑)。辻井さんはそのときも『Jリーグって60クラブもあるんだよ。J1からJ3まで本当に多様なクラブが存在していて、全体でどう足並みを揃えるかが重要なんだ』と話されていました。そうお聞きして、『たしかに日本の文化的な背景を考えると、取り組みに大きな差が生まれすぎることにも慎重にならざるを得ないから、これは時間がかかるかもしれないな』と感じたのを憶えています。
しかし実際には、その後の展開は想像以上にスムーズでした。まさに“どのタイミングで何を出すか”という辻井さんの戦略が効いたのだと、側で見ていて感じました」
辻井「僕がJリーグに執行役員として関わるようになったのは2023年1月1日からですが、そもそもそれ以前から各クラブとの取り組みはとても活発に行われていたという話は先程(第1回で)した通りです。年間でいうと実に3万回近く。ホームタウン活動や社会連携活動という名前で実施されている、教育や福祉を中心とした障がい者や高齢の方々への運動支援、学校訪問、農業体験などですね。
しかし、こと気候変動に直接関わる取り組みが行われていたかというと、それは全体のわずか1%ほどでした。“どのタイミングで何を出すか”を慎重に考えていたのもそのためです。僕のように外部から来た人間が突然『サステナビリティ部を立ち上げます。これまでの取り組みもこの枠組みに含まれることになりました』なんて言い出したら、ずっとがんばってこられた現場の方々がいい気分はしないはずですから。
これは僕の前職時代の経験を踏まえての意見ですが、海外の先行事例を日本にそのまま持ち込んでもうまくいかないものなんです。だからこそ、大切なのはどう“翻訳”するか。そのために、まずは各クラブが何に困っているのか、どんな課題を抱えているのか、どうやったらポジティブになってもらえるのかを考えることが大切です。その点においてもトッテナム・ホットスパーFCとリヴァプールFCの事例に触れながらSPLについて説明し、彼らが実際に取り組んでいることを共有できた効果は思った以上にパワフルでした。サステナビリティカンファレンス後の懇親会で、あるJ1クラブの社長さんに『もうSPLやっちゃっていいんじゃないの?』と言ってもらえたんです。個人的にはこの言葉がSPL参画のGOサインになりましたね」
――こうして参画が表明されたSPLですが、ここからはどのように動いていかれるんですか?
辻井「ランキングが動き出して、いきなり『はい、あなたたちのクラブの取り組みは不十分です』なんて乱暴なことにならないように進めていかなくてはいけません。そのために2024年は約半年かけて、そもそもの考え方やSPLの仕組みについて各クラブに丁寧に説明してきました。その上で、2025年はすべてのクラブに対して均等に支援をしていく年と位置付けています。その原資は日本財団さんからの助成金を活用します。
SPLには、<ごみの管理>、<再生可能エネルギー>、<水資源の管理>、<プラスチック対策>など、12の評価項目があります。その中から、まず各クラブに『自分たちに合っていて、強みが活かせる』と思う領域を選んでもらい、計画書を提出してもらった上で、実施にかかる費用についてはJリーグとして一定の支援を行っていく予定です。
そうして全体像が見えてきたら、2026年のシーズン移行期間(Jリーグでは2026-27シーズンから、8月にシーズンをスタートする秋春制に移行する)に開催されるスペシャルシーズンから、活動成果を可視化するランキングの仕組みへとつなげていこうと考えています」
――SPLがクラブ、ファン、サッカー界、そして社会全体にどのような影響をもたらすことを期待しますか?
大村「気候変動に関する問題意識は一般にも少しずつ浸透してきましたが、資源循環や生物多様性といった領域に関してはまだまだ距離がありますよね。こうした環境意識は、どうしても教育や立場によって差が出てしまうもので、その分断がないとは言えません。
その点、サッカーは地域に根ざしたスポーツですから、スタジアムやクラブを通じて、年齢や職業、立場の違う人たちが自然と混ざり合うコミュニティがすでに存在しています。ですからSPLもそういった場を通じて、自然にムーブメントへと巻き込んでいくような広がり方ができるのではと思っています」
辻井「気候変動や資源循環、生物多様性の問題は、結局のところ社会全体がシステムチェンジを起こさなければ解決しないと思うんです。個別のアクションをどんなに積み重ねても限界がある。だから僕は、『サッカーのファンやサポーターに何を期待しますか?』と聞かれるのがあまり好きではないんです。これは社会全体でやらなくてはいけないことですから。とはいえ、Jリーグには1250万人のファン・サポーターがいて、もし、そのうちの10%、125万人の方々がこうした活動を応援してくれたら、それは相当なインパクトがあることは事実です。いまの時代、これほどの人数が動くムーブメントなんてほとんどありませんからね。
はじめる前から言うのもなんですが、SPLの評価項目にある<持続可能な移動>のような領域は、個人レベルで解決するのはそもそも限界があります。航空業界が本気でCO₂削減を目指してくれないと限り解決は難しい。<低炭素フード>もそうかもしれません。いくらCO₂の排出につながらない食事でも、スタジアムグルメが味気ないメニューばかりになったら、たとえ環境にいいとわかっていても長続きしないですよね。
だからこそJリーグがほかの領域については大きな成果を上げる一方で、『<持続可能な移動>だけはどうにも難しい』と発信したとすれば、それはそれでひとつの社会的メッセージになるはずです。最終的な目標は、社会全体を動かすシステムチェンジなわけですから。自分たちができること、できないことを可視化してくれるのがSPLのような仕組みの価値だと思います」

ヴィッセル神戸で施設管理部 部長を務められている古賀圭紀さん。現場レベルで課題解決に取り組まれている。
――古賀さんは、クラブ側の立場からSPL参画をどのように感じていますか?
古賀「ヴィッセル神戸としては、2022年の楽天グループ25周年を機に環境への取り組みを本格化しました。いち法人としての対応はある程度進んできましたが、『スポーツチームとして何ができるか?』という問いに直面したとき、その答えはまだ見つけられていませんでした。だからこそリヴァプールFCのようにファン、サポーター、パートナー企業がいっしょに進めるという形に大きな可能性を感じました。自分たちだけではできない取り組みも、みんなが連携することで実現できるようになると考えています。
SPLのような枠組みがあることで、『自分たちももう一歩先に踏み込める。やらなければならないことにしっかり向き合える』という実感があります。逆に言えば、こうした仕組みがなければ、環境よりも他の課題を優先し、なかなか動きづらいという現実もあるので」
辻井「僕もはじめはそう思っていました。どのクラブも、一番大事なのはチームの強化だろうなと。『環境にお金を使うくらいなら選手を獲得しないといけないんだ』といった声が上がるかも知れないと思っていたのですが、実際にはサステナビリティに関する取り組みに対してネガティブな反応はほとんどなく、むしろポジティブな声を多くいただけました。
実行委員やクラブ関係者の方々とも話していて感じたのは、勝つことだけじゃなく、地域でどう輝くかを真剣に考えているクラブが本当に多いということです。Jリーグは、“トップ層がナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く”と、“60クラブが地域で輝く”というふたつの戦略を掲げていますが、後者にとっては勝敗だけでは持続可能な価値は生まれません。当たり前ですが優勝できるのは各リーグ一クラブだけで、すべてのクラブが常に勝ち続けることはできない。だからこそ、育成や地域との関係性など、それぞれの強みを活かしてクラブが輝く道を模索している。そういった多様な立場のクラブが、サステナビリティという共通のテーマで『いっしょに取り組もう』と合意できたのは本当にすごいことだと感じています」
――実際、SPLをクラブで進めていくにあたってどのようなことを参考にしていけばよいのでしょうか?
辻井「ちょうど『Jリーグ気候アクションハンドブック』がまもなくできあがります。SPLの12カテゴリーそれぞれについて、意義や背景、創設者クレア・プールさんのコメントを前書きとしてまとめ、その上で各カテゴリーをどう進めていくかを4ステップに分けて段階的に示した手引き書のような構成にしています。専門家の意見や国内外クラブの実例、さらにはサッカー以外の取り組みについても触れています。
このハンドブックのほかにも、『Jリーグ インパクトレポート2024 サステナビリティ活動に関する報告書』を5月27日に公開したばかりです。誰でもPDFでダウンロードできるようにして、クラブに使っていただく以外にも、例えば、学生の卒論や企業の参考資料、自治体との連携にも使ってもらえるようにしたいと考えています。だからこそ、ファンやサポーター、企業、自治体といったさまざまなステークホルダーの視点を意識して作成しました。
実行にあたり、たとえば移動の課題に対しては、モンテディオ山形のように「4人で来たらスタジアム近くの駐車場に停められる」といった事例も紹介予定です。海外のスキーリゾートでも行われている取り組みですが、応用すれば日本でも十分に広がる可能性があります。
こうした事例を通じて、企業や自治体の方々にも『Jリーグと連携してみたい』と感じてもらえるような資料にしたいと思っています。ぜひご覧ください」

『Jリーグ気候アクションハンドブック』を読めば、SPLのことはもちろん、気候変動の問題そのものへの理解もきっと深まる。
『Jリーグ インパクトレポート2024 サステナビリティ活動に関する報告書』のリンクはこちら
TEXT : Yuka Sone Sato (LITTLE LIGHTS) PHOTO : Teppei Hori EDIT : Yohsuke Watanabe (IN FOCUS)
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