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楽天スーパーナイター@東京ドームで国歌独唱。ソプラニスタ岡本知高さんの“向き合い方”について。「できることを積極的に楽しむ」

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5月15日に開催された楽天スーパーナイター@東京ドームで国歌独唱を担当したのは、女性ソプラノの音域を持つ男性ソプラノ歌手「ソプラニスタ」の岡本知高さん。“奇跡の歌声”と称されるほど世界的にも希有な存在である岡本さんは、自分とどう向き合い、いまに辿り着いたのだろう。本番前の岡本さんから話を聞くことができた。

多くの男性ソプラノ歌手がファルセット(男性裏声)を用いて技巧的に発声しているのに対して、岡本さんは生まれながらのソプラノヴォイスを発揮できる才能の持ち主。そのレパートリーも幅広く、オペラや讃美歌はもちろん、ジャンルを融合させたクロスオーバー、日本の唱歌やポップスなど多岐にわたるという。そんな岡本さんが今回歌うのは、日本の国歌『君が代』。アカペラかつ独唱という、まさに一人舞台だ。

——普段歌われているコンサート会場とは違い、今回はスポーツファンに囲まれる環境でのパフォーマンスになります。

「そうですね。東京ドームというスペシャルな空間で、アカペラの国歌独唱をお届けできる、僕にとってまたとない貴重な機会をいただけて光栄です。国歌の曲調は世界各国さまざまですが『君が代』のように粛々としていて、緊張感がある歌は意外と少ないんです。そういった厳かなムードを、選手や観客のみなさまに感じていただきたいと思っています」

——​​​​『君が代』は曲自体に緊張感があるとのことですが、それを独唱することにも大きな緊張が伴うと思います。それに向き合い、打ち勝つためのコツはありますか?

「今日の『君が代』に限らずですが、本番では緊張なく、いつも通り楽しんで歌うために、普段からあえて緊張感を抱えながら練習するようにしています。息が詰まってしまったらどうしようとか、とにかくいろんな不安要素を想定して、事前に“楽しむパワー”へと変換していくんです」

——​​​​歌の道を進み続けてきたなかで、悩みや苦労を数多く乗り越えてこられたと思います。一番印象に残っている出来事を教えてください。

「パリ留学時、言語の違いで苦労したことですね。フランス語の美しさに惹かれていた分、自分とネイティブの方々の発音の差が埋まらないことに焦りを感じてしまって。フランスの歌を一生懸命に勉強しても、フランス人の前で披露するとなると、自分が試されているような気持ちになって変に力が入ったり、余計なことを考えてしまう時期がありました。それに、当時フランスで音楽を習っていた先生からも発音が違うと何度も言われて。しかも、どう違うのか尋ねても『自分で考えなさい』の一点張り。目の前に大きな壁ができてしまい、先に進めない状況でした」

——​​​​その壁をどう乗り越えられたんですか?

「まずは日常生活で、フランス人と話すようにしました。特に意識したのは、相手の発音を繰り返すこと。聴こえた言葉を自分で声に出してみることで、正しく発音できるポイントを掴んでいったんです。あるとき、パリでタクシーに乗ったんですが、僕が運転手さんの言葉をあまりにも繰り返すので、不思議そうな顔でこっちを見ていたこともありました(笑)」

——​​​​そんなことが(笑)。きっと先生は岡本さんなら超えられる壁だと信じて、あえて教えなかったんでしょうね。

「僕は日本の大学を卒業後『自分は歌手になる道が開かれている数少ないひとりだ』と強い気持ちをもとに留学を決意しました。だからこそ先生は『プロフェッショナルの道に進む者として、自分で正解にたどり着きなさい』というメッセージを投げかけてくれたのだと思います」

——​​​​岡本さんは幼少期にペルテス病(股関節の病気で、大腿骨頭に血流が届かなくなることによって、骨が壊死したり変形をきたす)を患っていたとお聞きしました。自由がきかない環境とはどのように向き合われたのでしょうか?

「自分ができることのなかから、好きなものを見つけようとしていた気がします。僕は小さい頃から国語と音楽が得意で、歌とは高校3年生のときに出会いました。国語と音楽をくっつけると“歌”になることに気がつくまで、ずいぶんと時間はかかりましたが、好きになれるきっかけがあったから前進できたのだと思っています。病気かどうかに関係なく、できないことや苦手なことは誰にでもあるはず。だから子どもたちには『自分が興味のあることに対して積極的に手を伸ばしてほしい』と、学校訪問コンサートなどの機会を通じて伝えています。素敵なタイミングがきっと訪れるので」

——​​​​そうして出会った“歌”を通じて、ご自身はどんな想いを得ていますか?

「会場にいらっしゃるお客様から大きな拍手をいただいた瞬間、あたたかな愛の存在を強く感じます。その愛には人への思いやりや優しさが含まれていて、僕自身が歌を届けるうえで大切にしている感情でもあります。日々の生活のなかで、社会から特別な愛を受けることは少ないと僕は感じていて。それは1人ひとりが自分に精一杯で、他者にまで意識が向きづらい時代ということが関係しているのかもしれません。

かといって、音楽を通じて『人に優しくしなきゃだめだ』とか、自分の考えを押し付けることはしません。『自分はこうですけどあなたは?』と問いかけますが答えは求めないスタンス。歌の感じ方は人それぞれにあるのが自然で、何かを受け取ってさえくれたら大満足です」

——​​​​最後に楽天イーグルスと岡本さんにちなんで、“スポーツ”と“音楽”に共通しているものは?

「アスリートも音楽家も、昨日より今日、今日より明日のほうが成長している自分でいたい気持ちを備えているように感じます。なので、自分に負けたくないという強い想いのもと、心技体を磨き続けていくことが共通しているのではないでしょうか。

といっても、僕は元々体育が苦手なタイプで、幼い頃にいくら練習しても逆上がりができたことが1回もないんですけどね(笑)。でも、苦手だからといってやりもせずに逃げることだけはしませんでした。その積み重ねが、いまの自分をつくっているのだと思います」

ユーモアを交えながら、楽しく過去を振り返ってくれた岡本さん。本番では、楽天イーグルスのチームカラーと“和”を意識したという衣装を身にまとい、会場を彩ってくれた。自分が得意なことや興味があることに手を伸ばすことで、未来はかたちづくられていく。岡本さんの美しい歌声に乗せ、その想いはどこまでも響いていくだろう。

TEXT:Keisuke Honda
PHOTO:Teppei Hori
EDIT:Yohsuke Watanabe, Shiori Saeki (IN FOCUS)

  • ソプラニスタ
    岡本知高

    1976年生まれ、高知県出身。ソプラニスタ(男性ソプラノ歌手)。1999年、国立音楽大学声楽科を卒業後、パリへと留学。フランス各地でコンサートに多数出演。2002年、フランスのプーランク音楽院を首席で修了。心の深淵にあたたかく響く唯一無二の歌声は“奇跡の歌声”と称され、個性的なキャラクターとコスチュームも併せてクラシック界にとどまらず各方面からの呼び声も高い。また、大学時代よりライフワークとして取り組んでいる全国各地の学校訪問コンサートでは子供達とのふれあい活動にも尽力している。2023年11月にCDデビュー20周年を迎え、1年をかけたキャリア初のロングランコンサートツアーを達成し、その模様がWOWOWプラスにて独占放送された。

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