
【Tarzan特別編集】怪我こそ、私。~ ヴィッセル神戸ゴールキーパー・新井章太がリハビリを通じて考えた、怪我をしたからわかること~
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37歳は、ゴールキーパーというポジションを差し引いても、引退を考えてもおかしくない年齢だろう。まして前十字靭帯損傷という大怪我を負ってしまったら。だが、ヴィッセル神戸に所属するベテランは、すぐに現役続行という茨の道を選んだ。怪我は、スポーツ選手の人生を大きく変える。同時に、強く前を向く力を与えるのかもしれない。Jリーグ開幕を控えた2月の練習場には、手術から4カ月が過ぎ、リハビリの只中にいる新井章太選手の姿があった。
練習通りの動き、人生初の大怪我。
Jリーグ開幕直前の公開練習、ヴィッセル神戸のフィールドプレーヤーたちがボールを使ったトレーニングをする隣のグラウンドに、ゴールキーパーの新井章太はやや遅れて現れた。外周をゆっくりと走ったあと、ストップウォッチを片手に何度もジョグを繰り返す。より速く走るためではなく、スピードを制限するためにタイムを測っているのだろう。転がってきたボールを蹴り返す姿に、術後の順調な回復ぶりを思う。3歳くらいだろうか、ピッチ脇のキッズファンから「あらいしょうた!」と名前を呼ばれ、笑顔で手を振り返している。その微笑ましい光景は、プロとして生きる原動力を想像させた。

キッズファンから名前を呼ばれ、思わず相好を崩す新井選手。
2025年9月3日、ルヴァンカップ準々決勝、対・横浜FC戦。いくつかのビッグセーブがあったその試合の後半、ゴール前に抜け出した相手選手に対し、新井は瞬間的にグッと間合いを詰め、手を広げてシュートを防ぐコースに入った。ボールは身体に当てて防いだものの、他の選手に拾われてゴールを許してしまう。直後、新井は、その場にうずくまった。その日のニッパツ三ツ沢球技場には、水があまり撒かれないことは情報として知っていた。アウェイの試合では、ままあること。今までに何万回と繰り返してきた練習通りの動きだったが、思っていたよりも足が滑らなかった。ホームならば水が撒かれて滑るはずの左足先が、芝生に引っかかってしまう。飛び出した勢いがそのまま左膝に加わって、前十字靭帯損傷。プロになって16年目。ベテランの新井にとって、サッカー人生で初めての大怪我だった。
「十数年前に肉離れで2カ月離脱したくらいで、俺にとって初めての大怪我なんです。常に戦っていたいタイプだったから、直後にはちょっとずつリハビリをするなんて無理だと思いました。何カ月もサッカーしないなんて、無理だろって」

グローブをはめて、待ち望んでいたキーパー練習に向かう。集中した表情。
チームスポーツのありがたさ。
怪我をした直後には一瞬、引退が頭をよぎったという。リハビリも「無理」と思ったならば、なおさらだろう。だが、精神的な落ち込みは、ほんの1週間ほどだった。怪我から2週間後には、腸脛靭帯を部分的に摘出し、前十字靭帯を補強する手術を行った。
「起きたことは仕方がない」。
そうやって事実を受け入れ、前を向くスタンスが体に染み付いている。
「今、何ができるのか。そう考える癖はついてるかもしれませんね。まだ若手だった頃、所属していたチームをクビになって、トライアウトを受けていた時期に比べたら、こんな怪我、なんでもない。あれが自分にとっての底辺で、怪我は、復帰したらプレーできるじゃんって。もちろん、これからの道のりが難しいことは理解しています。怪我をする前、元気な状態でも試合に出られることは少なかったし、復帰後のチャレンジはもっと大変だと思う。でも、そんなことは考えても仕方がないから。年齢を重ねて思うのは、プレーをしていても1年ってあっという間なんですよ。リハビリの8カ月も、きっとすぐに過ぎるんですよ。だから、先のことは考えない。考えても、明日くらいまでかな。今に集中すると言うか、そう切り替えるようになりました。
でもね、年末にクラブハウスでリハビリをしていた時に思ったんです。サッカーがチームスポーツで良かったなって。みんなはもうオフに入ってるから、一人でリハビリしていたらやる気が出なくて、めちゃくちゃ辛かった。チームスポーツだから、いつも周りには人がいて、みんながいじってくれるから、頑張れていたんだなって。その時に、サッカーやってて良かったなって思ったんですよ」


ゴールキーパーは、反復練習によって瞬発的な動きを体に覚えさせていく。常に体と対話が必要なポジション。同僚たちの練習を横目に、黙々とジョグを続けた。
強制的に自分と向き合わざるを得ないリハビリ期間に、厳しいプロの世界とは言え、サッカーというスポーツの本質を見つめ直した。ゴールキーパーという最後尾のポジションのためか、新井は常にチーム全体を俯瞰している。試合中であったとしても、自分のプレーに集中しながらも他の選手の体調を把握し、どんな精神状態にあるかを観察している。いつも他者を気にかけているゴールキーパーだからこそ、余計に噛み締める感慨があるのかもしれない。
フィールドプレーヤーに比べると地味な役割で、しかも練習は過酷。培われた忍耐強さがあるからこそリハビリにも真摯に向き合えるのではないかと訊くと、こう答えが返ってきた。
「そう言われたら、そうかもしれない。普段から地道なことをやってますね。キーパーは常にマイナスの評価しかないですから。失点したらもちろんマイナス。批判も多いですし、どれだけ良いプレーをしてもなかなかプラスにはならない。マイナスをいかに減らせるのか、その作業をずっとしているようなもの。だから芯の強さは、誰よりもあります。それは、自信があるな。
あの怪我をしたシーンを後から見ても、完璧だったんですよ。本当に練習通りのプレーが出せていた。怪我自体には後悔もないんです。悔しいのは、あのプレーでボールを弾いた後に失点してしまったこと。あれは、もったいなかった。なんとかチームとして防がなければいけなかった。でも、ベストを尽くした結果だったから、怪我はまあ、起こってしまったこと。これまでもずっとベストを尽くして来ているから、怪我をして立ち止まっても、自分を見つめ直すところもないなと思っています」

怪我をしたから、わかること。
ベストを尽くして来ていると言い切ることのできるオープンで前向きな性格は、怪我をしたことで少しだけ深みを増したかもしれない。新井の怪我もあって2025年シーズンを途中ながらヴィッセル神戸に加入した同じゴールキーパーの権田修一から、元のチームメイトである清水エスパルスの高橋祐治を紹介された。同じく前十字靭帯に大怪我を負った高橋がアップしていたリハビリ動画に励まされ、新井から連絡を取って食事に行ったのだという。
「同じ怪我をした者同士だから、リハビリについても『ああ、そうなんだ』って話せる相手ですよね。互いに『わかる!』 みたいな要素と、自分にはない感覚について分かち合えるから。ちょうど俺と1週間違いで前十字靭帯を怪我した(ブンデスリーガのTSG1899ホッフェンハイムに所属する)町田浩樹もメッセージをくれたんですね。『他人事だと思えなかった』って。そういう同じ怪我をした選手たちと何人かやり取りをしていますね。それから(中村)憲剛さんがめちゃくちゃ連絡をくれます。憲剛さんも怪我をして、復帰して、少し経ってから引退しているから。当時、どんな風だったのか、『ブログに書いてあるから読んでみて』とか。具体的なリハビリの仕方とメンタルの持ち方とか。今は違うチームのコーチになっているから、なかなか連絡しづらいんですけど、ありがたいです」
怪我をした者だけに、わかることがある。自分が誰かにかけられた優しさを、他の選手に届けたい。サッカーという大きなファミリーの一員であることを再認識しているという。同時に、サッカー選手から離れた一人の人間であることを思い出す時間も持てている。


左足の腸脛靭帯の一部を切除し、前十字靭帯を補強する手術を行った。ピッチを駆け上がるスプリント能力よりも瞬発動作が必要なゴールキーパーらしい選択。術後4カ月を過ぎ、軽いタッチならばボールを蹴ることができるまでに回復している。
シーズン中には週末には必ず遠征があり、怪我をするまでは小学校3年生の息子のサッカーの試合を観戦することはほとんどできなかった。リハビリの合間に試合を観に行くと、自分がピッチに立てない分、息子のプレーから勇気をもらったりもする。いつにも増してポジティブな妻からは、怪我をしたショックは微塵も見せずに、「(年末の)2カ月間は試合ないし、ちょうどいいじゃん」と言われた。その言葉を支えに、チームがオフの間にも、ひたすらリハビリに励み、チームと合流した際には「あれ、もうそんなに動けるの?」と驚かれた。練習から家に帰れば、妻と四人の子どもたちが迎えてくれる。その環境のありがたさに、また前を向く。
「小3の息子に『お前が高校卒業ぐらいまでやってやるよ』って話していたのに、こんなに早く引退なんてできない。やり残したことがいっぱいあるんですよ。自分が出たことがない大会もいっぱいあるし、俺だってワールドカップ目指したっていいじゃないですか。
だから、今できるベストを探していますね。怪我をした直後は、『何をやったら気が紛れるかな』という地点から始まりましたけど、今では、復帰した時のためにやっておくべきことを常に考えています。ストレッチひとつでも、これはできるようになった。では、次は?って、自分の中でどんどん前に進んで、怪我をする前の感覚に近づけている。チームの練習にそのままスムーズに入っていけるような体づくりをしているなっていう感覚は間違いなくありますね。
俺、メンタルが落ちることが、ほとんどないんです。プロのキャリアで本当に落ち込んだのは、あのクビになった時だけ。あの時はサッカーができなくなるかもしれないって、本当にきつかった。それを考えたら、プロ16年目までやらせてもらっているなんて。今はとにかく復帰しないと話にならないから、それに向けてやっているだけです」

公開練習後、報道陣が練習後の選手たちを取り囲む傍を通って、一人、グラウンドへ。
常にベストを尽くす、ポジティブ思考のゴールキーパー。そんな気配はほとんど見せないが、3カ月間の保存治療と、室内で黙々と筋肉をほぐし、徐々に筋力を付けていく過程は苦しく辛いものだったはず。その期間はまだ、もう少し続く。だからこそ、久しぶりにピッチに出て芝生の上を走った時には、思わず興奮してペースが上がってしまった。
「ここが自分が生きる場所だって再確認できただけで、この怪我には意味があったんじゃないかな」

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TEXT:Toshiya Muraoka
PHOTO:Shota Matsumoto
EDIT:Takashi Ayukawa (Tarzan)
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- ヴィッセル神戸
- 新井章太
1988年生まれ、埼玉県出身。国士舘大学卒業後、2011年に東京ヴェルディに加入。2013年にトライアウトを受けて川崎フロンターレに移籍。2015年にプロ5年目で初めての公式戦出場。ジェフユナイテッド千葉を経て、2024年にヴィッセル神戸へと移籍し、現在も所属している。2025年9月、左膝前十字靭帯損傷。手術を行い、復帰に向けてリハビリに取り組んでいる。四児の父。
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