「言葉を伝えるのではなく、想いを共有する」。ヴィッセル神戸の強さを支える通訳たち
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ヴィッセル神戸にはポルトガル語や英語、スペイン語を母国語とする選手がいるため複数名の通訳が在籍している。通訳は選手同士の会話を円滑に進めることはもちろん、ポジションや性格、生まれ育った環境が違う選手たち一人ひとりに向き合い、寄り添うのも仕事のひとつ。言語の壁を超える、心と心のコミュニケーション。その大切さを教えてもらうため、ポルトガル語担当の公文栄次さん、英語担当の村上範和さんに話を聞いた。
通訳をするうえで心掛けていることは「確実に伝えること」と「担当選手のことを深く知ること」だと口をそろえる。
「発言の意味を誤解なく伝えるためには、発信者の言った言葉の直訳でいいのか、少し日本風にアレンジした方がいいのかを判断しなければいけません。そのためには、彼らのバックボーンが分かっていないと瞬時に判断できませんから、日ごろからコミュニケーションを取ることが大切です」(公文)。
「性格や使う言葉の癖、どういう地域から来たのかを知ることも重要なポイント。同じ国や同じ言語を話していても、住んでいた土地の地域性も言葉に影響します。やはり相手のことをよく知ることから始めて、その人がよく使う言葉に対してなぜその言葉を選んで使うのかを聞くこともあります。コミュニケーションをとってから通訳した方が伝わりやすいと感じていますね」(村上)
通訳という仕事はチームメート同士の会話をつなぐ役割のほかにも、異国の地で孤独感に襲われないよう、私生活のサポートをすることも求められている。
「プライベートが充実しているかどうかがプレーに影響しますから」と村上さんは話す。異国の地では買い物や食事などでもストレスが伴う。それを軽減するためにも移籍直後は付きっ切りになることもあるそう。さらに、「母国語をしゃべれないときが一番ホームシックにかかりやすい」とも。母国語を話せる自分が積極的に話しかけることで、少しでも寂しさを軽減したいと考えている。
また、「通訳という仕事はコミュニケーターの役割も大きいと感じています」と村上さん。「話をする2人の感情が高ぶっているときにはそのままの言葉を伝えるのではなく、何が言いたいのかを理解して言葉を選んでシンプルに伝えてあげる。僕がいる意味は、コミュニケーションを円滑にすること。翻訳機ではなく、人間が介することでできることにはそういったことがあるのではないかと思っています」。
公文さんも「スピーカーにならないこと」を意識しているという。特に、感情的になっているときには言葉を選べなくなることも。間に立つことでトゲのある言葉をぶつけることが減り、冷静さを取り戻す時間になる。「外国人と日本人では文化や考え方が全く違う。この言葉を伝えても同じ言葉が返ってくるなという状況のときには訳す前に本人と話をすることもあります。僕らはひとつのファミリー。チームを壊したくないので、ただ伝えるだけ、常にイエスマンではうまくいかないことも多いと思います」(公文)
外国人選手の活躍の裏にはコミュニケーション能力に長けた通訳という存在が不可欠となっている。もちろん、ヴィッセル神戸には海外チームでのプレー経験がある選手も多く、選手同士でコミュニケーションをとる場面も多くみられる。「スペイン語とポルトガル語と英語と日本語、多言語が飛び交う場面も多くみられます。サッカーの話だけではなくプライベートの話をしながらコミュニケーションをとっていますね」(公文)。
その環境に慣れていない人はしり込みしてしまうかもしれないが、公文通訳は「間違っていても恥ずかしいことではないんです」と語る。「自分の知っている単語を並べながら、知っている文法の記憶をたどりながらでも言葉を発してしゃべりかけることが、相手にとって一番うれしいことですし伝わると思います。まずはその気持ちですよね」。
通訳という仕事は言語の違いによって生じる障壁の架け橋のようなもの。ただ、コミュニケーションは共通言語だからうまくいくのではなく、相手の話していることを理解したいと思う気持ちが重要だと話を聞いていて感じることができた。チームを「ファミリー」と表現する彼らは、言葉を伝えるのではなく想いを共有するために汗を流す。その存在がチームを支える屋台骨のひとつであることは間違いない。
INTERVIEW & TEXT:Chiharu Abe